モデルコース

高田屋嘉兵衛と菜の花コース

江戸時代後期、都志の貧しい農民の子として生まれた高田屋嘉兵衛は海運業の成功と北方開拓の活躍が認められ、やがて一流の商人へと成長します。また、船乗りや商人としての才能のほか、幕府とロシアとの間で勃発したゴローニン事件を解決に導くなど優れた外交手腕も持ち合わせていました。その功績は多くの人々から称賛され、後に嘉兵衛を主人公とした小説・菜の花の沖を執筆した司馬遼太郎は「今でも世界のどんな舞台でも通用できる人」と評しています。

このコースは嘉兵衛が幼少期と晩年を過ごした五色町都志を中心にその足跡と彼が愛した菜の花を巡るコースです。

合計SPOT:4ヵ所 >>コースマップを見る

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高田屋顕彰館

五色町出身の偉人である、高田屋嘉兵衛の偉業を顕彰し、永く後世に語り継ぐために作られました。貴重な資料の展示とともに、嘉兵衛の波乱万丈な人生や業績を紹介 しています。嘉兵衛が最初に所有した北前船・辰悦丸の2分の1スケールの復元模型など見所が満載です。

高田屋嘉兵衛

五色町の都志に生まれ育った高田屋嘉兵衛(たかたやかへえ)は、北前船を操り、北海道交易を中心に活躍した江戸時代の廻船業者です。貧しい家の出ながら、広大な海に夢とロマンを馳せて22歳で船乗りになり、不屈の精神と優れた航海技術、商業感覚によって巨万の富を築きあげた人です。また、箱館(函館)の開発やエトロフ島への航路を開くなど、北海道開拓に偉大な業績を残しました。また日露外交にも大きな功績を残し、民間人でありながら日本とロシアとの国際紛争を解決したことでも有名です。その偉大な生涯は司馬遼太郎の「菜の花の沖」にも描かれています。

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ウェルネスパーク五色・高田屋嘉兵衛公園

今回はデートプランのコースですので、こちらをご紹介(五色町商工会青年部発行のぶらっとLOVEマップより)。

「阿久悠・愛と希望の鐘」♪この愛の鐘を鳴らすのは、あなた・・♪この鐘から始まるロマンス!公園内のLOVEベンチに座って恋の願い事を唱えると・・・あなたもLOVEパワーをもらっちゃおう!

1月中旬~2月中旬ころ、2品種600球の冬咲きチューリップが見頃を迎えます。2月中旬頃から梅(うめ)が咲き始め、3月ころから菜の花が咲きいちご狩りも体験できるようですよ。4月下旬から五色洋ラン展を開催!さつきなども綺麗に咲きます。

散策後ここで休憩をしてはどうでしょうか?複合施設になっていますので、レストラン浜千鳥で・・立ち寄ってみてください。

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嘉兵衛の里

あわじ花へんろ第23番札所(3月上旬~4月上旬:ナノハナ)

三月、五色町内に点在する休耕田には、高田屋嘉兵衛が生涯愛したナノハナがいっせいに開花し、あたり一面を黄色に染めます。思わず見とれてしまうほど色鮮やかなナノハナ畑は、暖かい春の訪れを知らせる風物詩となっています。

また、秋になると、高田屋嘉兵衛屋敷跡にある大変珍しい三本のラッパイチョウが黄金色に色づきます。ラッパイチョウはイチョウの変異種で、通常の葉に交じってラッパ状に巻いた葉をつけます。大変珍しく全国でも30本程度しか確認されていません。

高田屋嘉兵衛と小説『菜の花の沖』

江戸後期の商人。一水夫から身を起こして回船業を興し、蝦夷地開拓や日露民間外交の先駆者として活躍しました。その波乱の人生を綴った小説が司馬遼太郎作『菜の花の沖』。

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都志八幡神社/春祭り(渡御祭)

高田屋嘉兵衛の生家の氏神です。都志八幡神社正面の随身門は、ゴローニン事件でロシアに抑留された高田屋嘉兵衛が監禁を解かれて帰国した際、 無事に戻れた神恩に報いて寄進されたものです。

随身門の右側に掲げられているのが、高田屋嘉兵衛の弟嘉蔵らが、ロシアに抑留された兄の無事帰国を祈り神社に奉納された願文(1813年)です。1814年、嘉兵衛が無事故郷に帰郷した際、都志の港には、全国各地に散らばる高田屋の船が一堂に集まり、旗を掲げて500人の船員が神社まで参拝の列を作ったといいます。

境内にあるナギの木は、推定樹齢約450年で、幹の直径1.0m、高さ22.3mにも及ぶ珍しい木です。

春祭り都志八幡神社の春祭りは、舟御輿が繰り出すので「渡御祭」と呼ばれており、前日に大浜・新在家に一泊した舟御輿が顔 をそろえて練り歩きます。

コースマップ

スポット一覧

  • A.高田屋顕彰館
  • B.ウェルネスパーク五色・高田屋嘉兵衛公園
  • C.嘉兵衛の里
  • D.都志八幡神社/春祭り(渡御祭)

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