由良に立ち仁徳天皇の歌からの推測
「オノコロ島」唯一、島の名が詠まれた歌がある。
詠人は淡路島と縁のある仁徳天皇。
古事記に記されたその歌とは....(古事記より)。
・・・淡道島を見たまはむとのりたまひて、幸(い)でませる時に、淡道島に坐(ま)して、遥(はろばろ)に望(みさ)けまして歌ひたまはく、
   
   おしてるや難波の埼(さき)よ出で立ちて 
   わが国見れば、
   粟島(あわしま) 淤能碁呂島(おのころじま)、
   檳榔(あじまさ)の島も見ゆ。
   佐気都島(さけつしま)見ゆ。
生石公園の展望台は
要塞後の近くと下の2ヵ所に
四世紀当時の淡路島への船旅を考えると潮の流れが重要だ。大阪湾内の潮の流れは時計回りで、仁徳天皇の船もこの潮に乗って大阪湾を南下したにちがいない。
そう考えると淡路島で最初に辿り着いた場所は由良か?。
南海道も淡路島の最初の地が由良だし....。

仁徳天皇が淡路島に坐(ま)して眺めて歌っているとすれば、この地からオノコロジマ・・・イザナギ・イザナミがかき回した矛の先の滴で出来た島が見える筈なのだ。
お薦めのビューポイントは生石(おいし)公園、かつての由良要塞、砲台の置かれていた場所で展望台もある。
そして色々な島影.を探すと...
向いの和歌山県の友ケ島、手前の成ケ島、そして最有力候補地の「沼島」も見えた。
大阪湾の海流は時計回り
眺め その1 「成ケ島」
眺め その2 「友ケ島」
眺め その3 「沼島」
要塞の跡地にあった図で成ケ島との位置関係を把握できる