「陽の道しるべ」とは...
「伊弉諾神宮」では思わぬ発見があった。
これぞ旅の醍醐味である。

ここからは伊弉諾神宮の宮司さんからの受売りではあるが.....
伊弉諾神宮の真東に飛鳥藤原京、さらに伊勢皇大神宮(内宮)が位置しているのだそうで、このことは古くから認識されていたそうだ。
境内の一角には神宮遙拝所があり、神宮の祭儀日には遙拝式の神事が伝えられている。

そんなことから宮司さんは、太陽の運行を専門家に依頼して計測。
その結果が下の図である。

モニュメント「陽の道しるべ」
春分秋分には同緯度にある伊勢から太陽が昇り、對馬の海神(わたつみ)神社に沈む。夏至には信濃の諏訪大社から出雲大社、冬至には熊野那智大社から高千穂神社。
真南には山上にイザナギ・イザナミの二神を祀る諭鶴羽神社のある諭鶴羽山、その向うには沼島。諭鶴羽山は「元熊野」とされ、熊野那智の縁起では、この山から神霊が移されたとなっているそうである。
現地には熊野那智大社宮司の揮毫した「元熊野諭鶴羽神社」の社標が建てられている。
真北には日本海から渡来して神功を果たした天日槍命ほかを祀る但馬一宮の出石神社...こうなると偶然で片付けるには余りある不思議さを感じる。
本名孝至 宮司著 「淡路島と國生み傳承雜考」より 陽の道しるべ図

これらの事が何を意味するのだろうか。

宮司さんによれば、伊弉諾大神は神功によって日(陽)の大神の神格に召された、いわばランクアップされたと解釈できるのではないか...。「命」から「神」「大神」となり、さらには天照大御神と並ぶ「大御神」へと変化する古事記の敬称にも連動するようにも思える...ということらしい。
ちなみに伊弉諾神宮の別称でもある「日之少宮(ひのわかみや)」とは、夕日を表現する尊称とされている。

モニュメント「陽の道しるべ」は神話世界に対する独自の科学的アプローチだと思った。
そして同時に「愉しむ心」と「深い洞察力」にも感心させられた。
出掛けてきてこそ出会える「発見」。

意図した配置?...大社・神宮配置は誰が....?
世界の古代遺跡の例にも見られるが、現在の科学と遜色ない正確な方位が示されている例は良くある。
天体の運行をわが物として利用していた者がいたことの証しだとも言える。
ここ伊弉諾神宮もそういった技術者によって場所が選定されたのかも知れない。

そこで思いつくのは「海人族」という集団だ。
もちろん推測の域を出ないが、正確な方位の知識や航海の技術を持ち、この国に渡ってきたとされる海人族であれば、このような神宮配置も可能なのかもしれない。

ふと、そんな風に思った。